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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和52年(ネ)189号 判決

控訴人

藪下進

右訴訟代理人

合田昌英

被控訴人

川端金蔵

右訴訟代理人

塩谷脩

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  主張

1  被控訴人の主張(請求原因)

(一)  原判決添付第一目録記載の各土地(以下第一土地という)および同第二目録記載の各土地(以下第二土地という)は、いずれも被控訴人の所有であつたところ、第一土地については金沢地方法務局飯田出張所昭和四一年五月二四日受付第二五六三号をもつて被控訴人から控訴人に対し同月一九日売買を原因とする所有権移転登記が、第二土地については同出張所昭和四一年八月三日受付第三五六一号をもつて被控訴人から控訴人に対し同月二日売買を原因とする所有権移転登記が、それぞれなされている。

(二)  被控訴人は昭和四一年二月当時第一土地上に原判決添付第三目録記載の建物(以下第三建物という)を所有していたところ、右建物はその後一部が取壊され、残部は現在原判決添付図面に点線斜線部分として表示される建物(以下乙建物という)として存在し、控訴人が現にこれを占有している。

控訴人は、昭和四一年八月頃までに、第三建物の一部を取壊した跡地に乙建物に接着して右図面に実線斜線部分として表示される建物(以下甲建物という)を建築してこれを所有するに至り、第一土地をその敷地として現に占有している。

なお、第三建物の表示登記は昭和四一年五月二〇日原判決添付第五目録記載のとおりの表示に更正され、同月二四日その所有名義が被控訴人から控訴人へ移転し、さらに同年八月一九日表示登記が原判決添付第四目録記載のとおりに変更され、その結果、現在、第三建物の残部である乙建物は控訴人が新築した甲建物と共に右第四目録記載の一棟の建物として登記簿上表示され、所有名義は控訴人にある。

(三)  よつて、被控訴人は控訴人に対し、第一土地、第二土地の所有権に基き、前記各所有権移転登記の抹消登記手続を、第一土地の所有権に基き、甲建物の収去と第一土地の明渡を、乙建物の所有権に基きその明渡を、それぞれ求める。

2  控訴人の主張

(請求原因に対する認否)

請求原因(一)、(二)の事実はすべて認める。

(抗弁一)

(一) 控訴人は被控訴人から、昭和四一年二月頃第一土地および第三建物を、同年三月頃第二土地を、それぞれ買受けた。

(二) 第一土地と第三建物の代金額は当時被控訴人が原判決添付債務一覧表記載の各債権者に対し負担していた債務の合計額(元金二一〇万三四八一円、ほかに利息金)と同額、第二土地の代金額は被控訴人が当時右土地の前所有者である石川県に対して負担していた右土地の売買代金債務額(金一万五三一〇円)と同額とするという約束であり、支払方法として控訴人において右各債務を引受けて各債権者に対しこれを支払うという約束であつた。

(三) 控訴人は右一覧表記載の債務については同表支払額欄記載のとおり合計金一三三万五八三三円を支払い、石川県に対する債務は全額支払つた。

(抗弁二)

かりに抗弁一の売買の事実が認められないとしても、控訴人は昭和四一年二月頃旅館業を営む目的で被控訴人から第一、第二土地および第三建物を返還の時期を定めず無償で借受け、その頃引渡を受けた。

(抗弁三)

控訴人は甲建物を新築したうえ、乙建物をその従として連結させた。従つて、買受による所有権取得が認められないとしても、控訴人は付合により乙建物の所有権を取得した。

3  被控訴人の主張

(抗告に対する認否)

(一) 抗弁一の売買契約締結の事実は否認する。

(二) 抗弁二の使用貸借契約締結の事実は否認する。

(三) 抗弁三の主張は争う。

(再抗弁一)

かりに、被控訴人において抗弁一の各売買の意思表示をなしたとしても、その意思表示は控訴人の詐欺により欺罔されてなしたものである。即ち、被控訴人は肩書地において旅館海苔島荘を経営していた者、控訴人は日本電建株式会社金沢支店小松営業所に勤務し建物月賦販売契約の勧誘業務に従事していたものであるところ、控訴人は被控訴人方へ出入するうち被控訴人が旅館建物の増改築をしようとしていることを知り、これに乗じて被控訴人を欺罔して海苔島荘を被控訴人から奪い、自分で旅館業を経営しようと企て、真実は会社を設立する意思も被控訴人と共同して旅館業を経営する意思もなく、その資金調達の途もないのにこれあるように装い、昭和四一年五月頃被控訴人に対して「自分が資金を準備するから、被控訴人は海苔島荘の土地、建物を出し、海苔島荘の横に新館を建設して株式会社を設立し、二人で共同経営をしよう。旅館の運営は被控訴人に任せ、自分は小松から客を紹介する。」と申し向け、被控訴人をして会社組織にして旅館業を拡大し、控訴人との共同経営ではあつても経営の実際面は自分にまかせられるものと誤信させて売渡しの意思表示をさせ、さらに所有権移転登記につき被控訴人に対し、会社設立手続のためあるいは設立された会社に現物出資するため被控訴人の実印が必要であると申し向けてその旨誤信させ、被控訴人をしてその実印を控訴人の指定した司法書士千田宝作に預けさせ、事情を知らない同司法書士をして被控訴人の実印を冒用させて前記各所有権移転登記をなさしめたものである。

そこで、被控訴人は、原審第二五回口頭弁論期日において前記各売買の意思表示を取消す旨の意思表示をした。

(再抗弁二)

かりに、前記各売買の意思表示が控訴人の詐欺によるものでないとしても、前記各売買契約は、被控訴人が当時第三者から不動産に対し強制執行を受けるおそれがあつたことからこれを免れるため通謀して売買を仮装したものであり無効である。

(再抗弁三)

かりにそうでないとしても、前記各売買契約には、(一)控訴人は被控訴人の債務を引受けて被控訴人に代つて支払う、(二)旅館業を営むについては、控訴人と被控訴人の共同経営とする、(三)控訴人は被控訴人に対して給与を支払う、旨の停止条件が付されていたものである。

(再抗弁四)

かりに、右(一)ないし(三)の合意が停止条件でないとしても、それは前記売買契約に付随した特約があると解すべきところ、控訴人は現在に至るも右付随特約に基く債務を履行しない。

そこで、被控訴人は原審第三〇回口頭弁論期日において控訴人に対し、右債務不履行を理由として前記各売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(再抗弁五)

控訴人は、昭和四二年三月以降右特約(三)に違反して被控訴人に対し給与を支払わず、前記各売買契約を解約した。

4  控訴人の主張(再抗弁に対する認否)

(一)  再抗弁一について

被控訴人がもと肩書地で旅館海苔島荘を経営していたこと、控訴人がもと日本電建株式会社金沢支店小松営業所に勤務していたこと、被控訴人が昭和四一年頃に右海苔島荘の改装をしようとしていたこと、被控訴人が原審第二五回口頭弁論期日に前記各売買契約を取消す意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。

(二)  再抗弁二について

前記各売買契約が通謀虚偽表示であることは否認する。

(三)  再抗弁三について

前記各売買契約締結の際、控訴人と被控訴人の間で被控訴人主張(一)ないし(三)の約束がなされたことは認めるが、右約束の履行が売買契約の停止条件となつていたことは否認する。

(四)  再抗弁四について

控訴人が前記(一)の約束に基く引受債務の弁済を全額についてはしていないこと、(二)の約束に基く被控訴人に対する給料の支払いを三か月分しかしていないこと、被控訴人が原審第三〇回口頭弁論期日において前記各売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、売買契約解除の効果は争う。

(五)  再抗弁五について

否認する。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁一について

1  〈証拠〉によれば、被控訴人と控訴人は前記の争いのない各所有権移転登記(以下本件各登記という)の申請手続を、第一土地と第三建物について昭和四一年五月頃、第二土地については同年八月頃、司法書士である千田宝作に委任したことが認められる。原審(第一、二回)および当審における被控訴本人尋問の結果中には、被控訴人は千田司法書士に対し控訴人への所有権移転手続を委任したことはなく、千田に自己の実印を預けたのは会社設立手続ないしは現物出資手続をなさしめるためであつた旨供述する部分があるが、右千田証人の証言によれば、同人は控訴人とは本件各登記の申請手続の委任を受けただけの関係であるのに対し、被控訴人とはその妻と姻戚関係を有することが認められるのであり、従つて千田が控訴人の意を受けて被控訴人の委任の趣旨に反する登記手続を行うとは考え難く、また、千田が委任の趣旨を誤解したことを推測させるような事情も認められず、かえつて、同人は受任事務を行うに当り被控訴人の意思の確認に意を用いていたことがうかがえるのであつて、これらの事情にてらすと、同証人の証言に反する被控訴人の右供述部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そこで次に、本件各登記のなされた原因についてみるに、右に認定した本件各登記が被控訴人の意思に基いてなされた事実と、〈証拠〉とを総合すると、被控訴人と控訴人の間には、前記各物件につき、登記簿上の登記原因とは異るが、一種の組合契約に基く信託的譲渡としての所有権移転の合意が成立したものと認められる。

即ち、右各証拠によれば、被控訴人は第一土地上に第三建物を所有して旅館業を営んでいたものであるが、経営状態は思わしくなく、負債が累積するまま消極的な経営がなされていたこと、控訴人は日本電建の外務員として被控訴人方に出入りするうち、はじめ日本電建の月掛けの方法により旅館を整備拡張し現状を打開することを被控訴人に勧めてみたが、これについても被控訴人は月掛けの資金さえ捻出できないとして消極的であつたことから、控訴人は自らの才覚で右旅館の経営を発展させてみようと考えるに至り、昭和四〇年の末頃被控訴人に対し旅館の共同経営の話を持ちかけたところ、被控訴人も負債の肩代りをしてもらえるのならということでこれに応じる意向を示し、昭和四一年初め頃から控訴人が旅館経営に関与するようになつたこと、その際控訴人と被控訴人の間で、両者による共同事業として旅館業を営むということを基本として、被控訴人は既存の旅館建物とその敷地および備品を出資する、控訴人は資金を投じて建物の増改築をする、被控訴人が負担している旧債務は控訴人において引受ける、被控訴人を業務執行に関与させる、などの内容を含む合意が成立し、それに伴い第三建物の一部を取壊し、その跡地に控訴人の出捐により新館を建設する工事および旧建物の内部を改造する工事が進められたこと、既存の建物およびその敷地の所有権を控訴人に移転することは当初から予定されていたわけではなかつたが、控訴人としては被控訴人の旧債務の総額が判明するにつれ、これを自分が引受け、さらに旧建物の改造に自らの資金を投入するからには、被控訴人が出資不動産の所有権をそのまま保持しているのでは割に合わず、今後自分が主導権を握つて経営してゆくためにも、出資不動産を自分の名義としておくのが好都合であると考え、被控訴人に対しては金融機関から融資を受ける都合上必要であること、会社組織にするまでの過渡的な措置であるという説明のもとに被控訴人の出資不動産を控訴人に譲渡することを要求し、被控訴人をしてこれを承諾させ、さらに第二土地についてもこれを出資不動産に加えたうえ、同様に控訴人に譲渡することを要求してこれを承諾させたものであることが推認される。

そして、右認定事実によれば、控訴人と被控訴人の間においては、内部関係は共同事業を目的とする組合関係であるが、対外的には控訴人が法律関係の主体として現れるという一種の組合(いわゆる内的組合)契約関係が成立したものとみるのが相当であり、本件各登記の原因たる所有権譲渡は右契約に基く出資の方法としてなされた所有権の信託的譲渡であるとみるべきものである。

前記控訴本人尋問の結果中、右所有権譲渡は売買としてなされたものであり、代金についても合意が成立した旨供述する部分は、代金額についての供述が変転すること、および右に認定したところにてらしにわかに措信できない。

3  右に認定したところによれば、被控訴人は前記各物件の所有権を譲渡により失つたものといわなければならない。

なお、右に認定した事実は、控訴人の抗弁一の主張事実と全面的には一致しないが、控訴人主張の頃控訴人と被控訴人の間で、被控訴人所有の前記物件に譲渡する合意が成立したという点において一致する。そして、控訴人の右抗弁に関してはこの点が主要事実であつて、その余の点は法律関係の性質決定に関する事情とみるべきものであるから、これについての控訴人の主張と異る事実判断のもとに右抗弁を理由ありとすることは弁論主義に反するものではないと解される。

三再抗弁一について

被控訴人は、前記各物件が不当な対価で買取られたことを前提としてそれが詐欺によるものである旨主張するが、前記のとおり、被控訴人から控訴人への各物件の所有権移転は、内的組合契約に基く出資の方法としてなされた信託的譲渡と認められ、この点において右抗弁は既に前提を欠くが、被控訴人の主張を、このような法形式によつて共同事業を営むということもまた控訴人の詐欺によるものであるとの主張と解して検討するに、前掲各証拠および弁論の全趣旨によれば、控訴人と被控訴人との間においては共同で事業を営むにつきどのような法形式によるかという点について明示的な話合いはなく、被控訴人は法的知識に乏しいこともあつて控訴人の共同でやろうという提案に対し深く説明を求めることなく、控訴人の実行することを明示的または黙示的に承認し、前記各物件の所有権移転についても釈然としないながらも結局これに応じたものであることが認められるが、この過程において控訴人がことさらに虚偽の事実を申し向け、あるいは被控訴人の錯誤を利用したと認めるに足りる証拠はない。

たしかに、前記認定のように、各物件の所有権譲渡を求めるにつき控訴人はそれが会社設立までの過渡的措置である旨の説明をしたことがあるにしても、控訴人において将来会社組織にする意思など全く有していなかつたとは認められないから右説明をもつて詐欺ということはできず、また、金融機関から融資を受けるうえで各物件を控訴人の所有とする必要があるという説明も、内的組合の形式をとる以上虚偽とはいえないし、内的組合も共同事業の一つの形態であるから提案と結果の間に齟齬があるともいえない。

被控訴人はまた、控訴人は共同事業になつても旅館の運営は被控訴人に任せると述べていた旨主張するが、かりに控訴人がそのような趣旨を述べたとしても、そこには多分に言葉のあやが含まれているとみなければならず、被控訴人自身の旅館経営が行詰つた結果控訴人との共同経営という話が持上つてきた経過にてらし、被控訴人において共同経営になつても自己の営業主としての立場は実質的に何ら変らないと考えていたとすればその認識は安易に過ぎたというべきであり、控訴人の前記発言をとり上げてこれを詐欺とみるのは相当でない。

もつともそうはいつても、前記被控訴本人尋問の結果から認められるところの新装オープン後における被控訴人の立場は、とうてい共同経営者といえるようなものではなく、食と住とは保障されているものの、小使銭程度の給与を不定期的に与えられ、調理場の下働きをさせられるだけという有様で、旅館経営の収支状況、利益処分状況を知らされることなど全くなかつたと思われる。そして、控訴人の被控訴人に対するこのような処遇は、道義的非難を免れず、法律的にも共同事業体の財産状態を明らかにしなかつた点は明らかに契約の本旨に反するものといわなければならない。

しかしながら、当時控訴人としては、被控訴人の旧債務の弁済、建物増改築のための借入金の弁済の必要に迫られており、当初予定されていたほどの給与の支払は事実上できなかつたと考える余地もあり、前記処遇がなされたことから直ちに控訴人には始めから被控訴人を共同経営者として遇する意思などなく、営業利益を事実上独占する意図であつたと推認することは困難である。

控訴人は本件訴訟において前記各物件を売買によつて取得した旨主張しているが、これは被控訴人が所有権譲渡の合意を一切否定したことに対抗してなされた訴訟上の防禦方法であつてみれば、このことをもつて控訴人が詐欺的意思を有したことの証拠とすることも相当でない。

他に、控訴人に詐欺的意図あるいはこれに基く欺罔行為があつたとみるに足りる的確な資料はなく、従つて、被控訴人の右再抗弁は理由がない。

四再抗弁二、三について

右各再抗弁は控訴人の売買の主張を前提としてなされているものであるが、これを前認定の組合契約に関する主張と解して検討してみても、被控訴人主張のような通謀虚偽表示あるいは停止条件の存在を認めるに足りる証拠はなく、右再抗弁はいずれも理由がない。

五再抗弁四、五について

右各再抗弁を前認定の組合契約に関する主張としてみれば、それは脱退ないし解散の主張と解されるが、脱退あるいは解散によつて出資不動産の所有権が当然に被控訴人に復帰するものでなく、持分払戻あるいは清算として、原則的には金銭的解決がはかられることになるものであるから、右各再抗弁もまた理由がない。

六そうすると、結局、被控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきものといわざるを得ず、従つて、これを認容した原判決は失当であるからこれを取消したうえ被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(黒木美朝 川端浩 清水信之)

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